レアンドロ・エルリッヒ Leandro Erlich

1973年アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。多くの国際展に作家するほか、パリの北駅の作品や金沢21世紀のプールなどコミッションワークも数多く手掛けている。

主な展覧会 Selected exhibitions

  • 2022 The Print、ARTBAY Tokyo Art Festival 2022、東京、お台場
  • 2022 交通渋滞、Music Loves Art in Summer Sonic 2022、千葉県幕張
  • 2019-2020 solo exhibition "Both Sides Now", BUK Seoul Museum of Art
  • 2019 solo exhibition, “Liminal”, MALBA, Buenos Aires, Argentina
  • 2019 solo exhibition “The Confines of the Great Void”, CAFA Museum, Beijing, China
  • 2018 “Ball Game”, a commission by the IOC on the occasion of the Olympism in Action Forum and Summer Youth Olympic Games, Buenos Aires, Argentina
  • 2018 solo exhibition, “Construction of Reality”, HOW Art Museum, Shanghai, China
  • 2018 solo exhibition, “Sous le Ciel”, Bon Marché Rive Gauche, Paris, France
  • 2017-2018 solo exhibition, “Seeing and Believing”, Mori Art Museum, Tokyo, Japan
  • 2015 solo exhibition, ZKM, Karlsruhe, Germany – GLOBALE
  • 2015 Maison fond, Nuit Blanche, permanent, Gare du Nord, Paris, France
  • 2014 Solo Exhibition, "Leandro Erlich - Ordinary?", 21th Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa, Japan
  • 2014 Port of Reflections, MMCA, Seoul, Korea
  • 2010 Setouchi Art Triennale, Kagawa, Japan
  • 2008 PS1 MoMA, New York City, USA
  • 2008 Singapore Biennale, Singapore
  • 2006 Echigo-Tsumari Art Triennale, Tokamachi, Japan
  • 2004 The Swimming Pool, commission work for Kanazawa 21st Century Museum, Kanazawa, Japan
  • 2001 The Swimming Pool 49th Venice Biennale (Argentina) Fondaco dei Tedeschi via Rialto, Venice, Italy.
  • 2000 TOURISM (collaboration with Judi Werthein) VII Bienal de La Habana, Cuba
  • 2000 Whitney Biennal . Whitney Museum of American Art, New York, NY
  • 1995 Twelve Argentinian Artists United Nations, Buenos Aires

作家について About the Artist

レアンドロ・エルリッヒとは誰か

金沢21世紀美術館の「スイミング・プール」や2017年から2018年にかけて森美術館で開催されていた個展などで日本やアジアでは特になじみの深いレアンドロ・エルリッヒ。インターネットで名前を検索すると、他のどんな現代アーティストよりも多くの画像が出てくるのは、作品の中に観客が入りこんで不思議な写真が撮れるというまさに携帯の時代にあった作品を作っているということだろう。一方で彼の作品が最初に話題となったころはまだ携帯の時代ではないし、携帯を前提としたポピュラリズムのなかでインターネット上で消費つくされるイメージとして作品があるわけではない。デジタルメディアや先端的な技術を駆使することによってそれまで不可能であったことを可能にすることに傾斜していくアーティストが多い中で、作品自体の単純な仕掛けにこだわり続けるエルリッヒの手法は極めて特異であり、近年エンターテイメントとしての側面が先行して話題となり、逆にその影の中であまりエルリッヒの作品の本来の魅力が語られないことも残念でもある。

Swimming Pool / 2004 Ⓒ photo by Keizo Kioku, courtesy 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

背景

レアンドロ・エルリッヒの着想の根幹には建築家であった父親の影響がある。父親も叔母も兄も建築家の一家である。建築家は常に空間を扱う。ドア、窓、壁、オーソドックスな要素を組み合わせ、視覚的かつ体験を前提とした立体がつくられる。どのように人はそれに出合い、中に入りそれを体験するのか。エルリッヒと話をしていると、他のアーティストとは異なる思考の順序があるような気がするのはこうした影響だろうか。

エレベーター

彼の作品づくりにはいくつかの基点がある。最初の基点といってよいのは1995年、エルリッヒがまだ22歳の頃のこと。ブエノスアイレスのフランス大使館主催の展覧会のためにプランを考えなければならなくなった。出品の規定の中で最大の大きさ何センチ以内というのは公募展でよく見かける規定である。会場が広いことは知っていたので主催者にその規定のサイズの根拠を問い合わせたところ、搬入用エレベーターの空間サイズだということを知った。そこで既定の最大サイズ、そのエレベーター内の空間をそのまま立体化したものを作品にすることにした。そこで出来たのが最初の「エレベーター」という作品で、エレベータの中が外側になった箱型の立体作品である。そして決定的だったのはその箱型の中を覗いてみると主宰者の規定した大きさをはるかに超えた永遠に続くエレベーターシャフトの暗闇がそこにあった。ここに既にエルリッヒらしい異なる両極を対峙させる手法が見られる。最大の寸法を規定するエレベーターの中と外、そしてそこに確かに存在する規定寸法の中に広がる空洞。エルリッヒはこの時既にのちの作品にある両極を対峙させることで見る側の常識的な思い込みをいかに裏切るかという作法を身に着けていたのである。そしてその最初の作品が垂直方向に動き、ドアが開くたびに異なる空間へと連れて行ってくれるエレベーターであったことはその後のレアンドロ・エルリッヒの活動を示唆するのではないか。エレベーターに妙に惹き付けられていたが子供時代を思い出すが、知らない世界を見せるためには知らない階のボタンを押すという単純な装置としての作品を用意してあげればよい。エルリッヒの作品はエレベーターのボタンのようなものだと思う。

Elevator / 1995 / Museum of Fine Arts Houston, 1995 ⒸPhoto by Alejandro Leveratto, courtesy Leandro Erlich Studio
inside the Elevator ⒸPhoto by Alejandro Leveratto, courtesy Leandro Erlich Studio

それ以前からアーティストとしての活動は始まっていたようで金沢21世紀美術館のカタログに掲載されているインタビューを読むとブエノスアイレスのランドマークであるオベリスクの同寸レプリカを同市の別の場所に作る提案を出したことがあるという。1つしかないことでランドマークになっているものがもう一つあると当然、その唯一性は失われ、ランドマークたる意味は無化されることになる。「もし形もサイズも本物のエッフェル塔と全く同じもう1つのエッフェル塔を作ったら、エッフェル塔はエッフェル塔でなくなります。注1 」非常にコンセプチュアルで実現は難しいアイデアではあるが、常識がいかに単純な方法で逆転させられるかというエルリッヒの方法論が分かるエピソードである。

プール

2番目の基点は1999年にベネチアビエンナーレのアルゼンチン・パビリオンに出展された「スイミング・プール」だろう。仮設の手作りバージョンであったため、のちに金沢21世紀美術館に作られることになるプールとは少し異なる。これを見た当時金沢の美術館の開設準備を検討していたキュレーターが金沢に恒久設置作品として計画にとりこみ2004年オープンの美術館のシンボルともいえる作品になっていったのは良く知られた話である。金沢の場合、上からみるとどこにでもあるオーソドックスなプールに見える。予備知識がなければ、美術館にプールがあるのがそもそも場違いに見える。この不思議な発見は既に予備知識が出来てしまった我々には体験として忘れてしまった驚きであるが本来エルリッヒの作品では重要な要素であったことだろう。しかものぞき込んでみると人が水の中を出入りしている。実際はプールではない。この常識、思い込みが簡単に覆される逆転が「エレベーター」から始まるレアンドロ・エルリッヒの作品の面白さであり、観客が作品に招き入れられ、エレベーターのボタンを押すような単純な動作で彼ら自身が主体的に裏側の世界を発見することで作品が成立する。こうした流れは2012年に越後妻有現代美術館キナーレで作られた「トンネル」、あるいはこれまで何度かパターンを変えながら世界中の美術館に出品されてきた「ロスト・ガーデン」や「試着室」につながる。

Bâtiment / 2004 / La Nuit Blanche, Paris, France ⒸLeandro Erlich Studio
TOURISM / 2000 / (collaboration with Judi Werthein) VII Bienal de La Habana, Cuba ⒸLeandro Erlich Studio and Judi Werthein

ビルディング

もう一つの大きな基点は2004年にパリの屋外で1晩だけ設置されたBâtiment (ビルディング)。床面に描かれたビルを45度の角度で設置した鏡に映りこむようにして、床に寝転がった人があたかもビルの壁に張り付いているかのように見せる作品であった。その後も2006年に日本の越後妻有トリエンナーレ、2013年にロンドンと上海で展示されている。2006年にこのプロジェクトの為に作家と仕事をしたが、もともとは屋外向けの作品でそこに無いはずの不思議な建物が立っている。しかし実際には立っていないというコンセプトが重要で、美術館にプールがある違和感と似た流れの作品であったと記憶している。そのため設置場所探しが重要で特に背景に何があるかは重要な要素であった。またその地域のステレオタイプ的な家をデザインしようと、アーティストは越後妻有の家を何十軒もが取材して回って、それらを合成して最終的なデザインを作っていた。ビルディングのシリーズで重要なのはエルリッヒの作品においてはじめて本格的に見る側に演じ手として作品に積極的な関りを容認したことだ。それまでもハバナビエンナーレに2000年出品された「Turismo」の例はあったがここでは撮影用に出来た雪景色のセットの中で演じる観客をポラロイドカメラで撮影することがセットで作品であったのに対し、ビルディングでは観客は鑑賞というよりもさらなる自主性が認められる。また当時多くの美術館内が撮影禁止であったのに対して、これら初期ビルディングの設置場所が屋外であったことも手伝い、観客に対し自然に撮影を許可できたことも大きい。観客が思い思いに携帯で撮影し、「建物」のイメージが拡散される現象を引き起こすようになる。主催者側からの出展の要望も多く、森美術など美術館の展覧会にも登場するようになる。屋内空間ということもあって初期の展示で感じられた「不思議な建物が立っている、しかし実際は立っていない」という常識/思い込みを反転させる驚きが減じてしまったのは残念なことであるが、観客が作品の一部となること、そして携帯の中に撮って持ち帰るというアートと観客の新しい関係を生み出したことは確かで、「ステアケース」のように階段の手すりに乗ったり、「クラスルーム」のようにガラスに映った観客を観客が撮影するなど新たな展開の流れを作り出すことになった。

Staircase / 2018 / “Construction of Reality”, HOW Art Museum, Shanghai, China ⒸLeandro Erlich Studio
Elevator Maze / 2011 ⒸLeandro Erlich Studio, courtesy of Sean Kelly Gallery, NY

New Footsteps

こうした作品に比べると少し知られていないがレアンドロ・エルリッヒの作品にはかなり広がりがあり、個性的な優れた作品が数多くある。2014年にソウルの国立現代美術館へ招かれた折に吹き抜け空間を見ながら思いついたプランがスイミングプールを発展させたような「Port of Reflection」という作品であった。期的には東京の飯野ビルの恒久設置作品のプランに取り組んでおり、海運会社が施主ということもあって水面や反射などをテーマに様々なプランを考え、実験をしていた頃にあたる。Port of Reflectionは上から見ると水面にボートが浮かんでいる。スイミングプール同様、下のスペースに入ることが出来るようになっており、見上げることで実際は水面は無いことに気付づく。視覚上の思い込みを見事に裏切る不思議な体験をさせてくれる作品であった。その後、森美術館や北京で同作品が展示された際には下のスペースは無くなり、観客が積極的な関係性をもつ展示からより純粋に「見る」作品に変更される。要素がそぎ落とされることで、体験が純化され、観客はより研ぎ澄まされた集中力で作品のもつ不思議な時間の流れを感じさせる美しい作品となった。エルリッヒの作品に新たな方向性の模索が始まったのはこの頃ではないか。2014年に金沢の個展でも展示された「Side Walk」も観客の積極的関与を求めないが、じっくりと作品に向き合うことのできるエルリッヒの最も素晴らしい作品の一つではないだろうか。

Port of Reflection / 2014 / Box Project, MMCA, Seoul ⒸLeandro Erlich Studio
Sidewalk (La Plaza) / 2005 / Centre d'art Contemporain le Grand Café, Saint-Nazaire, France Ⓒ Marc Domage

場所や状況に合わせた多様な作品展開

この数年の作品を見ているとエルリッヒはまだまだ発展途上であって、作品もますます多様になってくるのではないだろうかと感じさせる。例えば2016年にブエノスアイレスでユース・オリンピックの文化プログラムの一つとして行われた「ボールゲーム」という作品は全く新しいタイプの作品であったし、パリのボン・マルシェで2018年に展示されていた「空の下で」も一例であろう。まだ実施されてないアイデアは限りなくあるのではないだろうか。実際、エルリッヒと活動をしていると次から次へと思いついたこと、興味のあることについて聞くことが出来るし、形になっていないアイデアについても聞くこともある。そのいくつかが、場所や空間、あるいはイベントの目的に合わせ器用に変更されながら少しずつ実施されていく。

Ball Game / 2018 / commission by the IOC for Summer Youth Olympic Games, Buenos Aires, Argentina ⒸLeandro Erlich Studio
Sous le Ciel / 2018 / Bon Marché Rive Gauche, Paris, France ⒸLeandro Erlich Studio

エルリッヒには普通の展覧会に出品できたり、購入することもできる小さな作品もあるが、それでもエルリッヒのアイデアは壮大なものが多く、それらを実現するために展示場所、発表の機会の制約は大きい。アーティスト一人で作るのはかなり難しく、同時に油絵や彫刻などといったジャンルと異なり、機会と資金が無ければ実施は難しい。このようなスタンスで活動するアーティストはエルリッヒの他にも多く、こうした流れの受け皿が現在のところ文化、アート界には全く足りていない。エルリッヒの作品を見るたびに、まだ私たちも見たことのない全く新しい作品を彼が実現し、アーティストとしての可能性を開いてゆくためにも、私たち見せる側、見る側もこうした作家をサポートする方法を深化させていかなければならないと強く思う。

Lost Garden / 2009 / Galeria Brito, Sao Paulo ⒸLeandro Erlich Studio
Le Monte-meubles – l’Ultime Déménagement / 2012 / Place du Bouffay, Nantes, Le Voyage à Nantes , France ⒸPhoto by Martin Argyroglo
Maison Fond / 2015 / Nuit Blanche 2015, Paris, France ⒸLeandro Erlich Studio
Single Cloud Collection / 2012 / Galeria Ruth Benacar, Buenos Aires ⒸIasparra

注1: Leandro Erlich – The Ordinary? 金沢21世紀美術館展覧会カタログ、2014、インタビューp.67