ムニール・ファトゥミ Mounir Fatmi

1970年、モロッコ生まれ、パリを拠点に活動。ビデオ、インスタレーション、ドローイング、ペインティング、彫刻など多様な表現を行う。失われゆくものを素材として、不確定な未来を表現。社会やテクノロジーなど私たちの周囲にあるイデオロギーや思い込みなどをアートを通して再発見し、警鐘をならす。

主な展覧会 Selected exhibitions

  • 2018 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ/ 新潟
  • 2017 ディアスポラ、ナウ!~故郷(ワタン)をめぐる現代美術 /岐阜県美術館 / 岐阜
  • 2017 第57回 ヴェネツィア・ビエンナーレ/ チュニジア館代表 / イタリア
  • 2017 瀬戸内国際芸術祭 /粟島/ 香川
  • 2009 リヨン・ビエンナーレ/ フランス
  • 2007 ヴェネツィア・ビエンナーレ/ イタリア
  • 2007 シャルジャ・ビエンナーレ, アラブ首長国連邦
  • 2004 光州ビエンナーレ2004 、韓国

作家自身の言葉 Statement by the Artist

If art is a market, __ もし アートがマーケットなら
let us try not to be __ 我々はならないようにしよう。
vegetables. _____ 野菜に。

2020, Mounir Fatmi __ ムニール・ファタミ

作品について Works by the Artist

1970年、モロッコ北部のタンジェ生まれ。1990年代末よりパリを拠点に国際的に作品を展開している。人から「あなたは自分をどのようなアーティストだと考えていますか」と聞かれると、ファトゥミは常に「移民労働者だと思う」と答えるそうだが、確かに移民問題や人や文化の移動、あるいは複数の文化の出会いや衝突は彼の中心的テーマの一つである。しかし西洋の中での他者として自身を位置づけるというだけではなくこの作家のテーマはもう少し深み、ひねりを伴う。この作家は自分を西洋でもイスラムでもない世界の他者としての立ち位置をとりながら、思想、宗教、文化、テクノロジーなどいま常識として捉えられていることに疑問を持ち、それらがどのように消費され、変遷しているか、作品を作ることで社会のなりたちを表そうとしているアーティストであろう。

初めてこのファトゥミについて知ったのはインターネットで写真を見かけた「Save Manhattan」シリーズだった。この作品にはいくつかのシリーズがあり、スピーカーや本など素材は違うもののいづれも影でマンハッタンの形が作られる。テロやその悲劇的な側面をクローズアップしたり、善悪については作品は語らない。日本の作家の多くが工芸的な物を作るところに基盤があるのに対し、物と影で構成された作品は新鮮に感じた。そこにあるのは私たちが一目でマンハッタンと分かるスカイラインもばらばらに置かれたものの集合体としての幻影でしかないということ。誰でもが知っている(知っていた)ものを影で表現するアイデアが新鮮で作品を見た印象がしばらく影のように頭に残る作品であった。

Save Manhattan 03 / 2007 / Exhibition view from Yesterday will be better, Aargauer Kunsthaus, 2010, Switzerland ⒸCourtesy of the artist and Wilde Gallery, Geneva

次に思い出すのは作家を日本に呼んで一緒にある地方に視察に行った際のこと。目の前に美しい光景があるのに、彼は不思議なくらいファインダー越しに風景を見ながら記録として撮影をしている時間が長かった。のちほどその理由が少しわかってくるのだが。

幼いころ蚤の市で子供の服を売る母親に連れられ、いつもそこを遊び場にしていたという。それが初めてのアートの学習だったと作家は回想しているが、そこで見た山のような不要品は後日の素材のアイデアになってゆく。17歳の時にローマの美術アカデミーのフリースクールで学び始めた作家にとって蚤の市の記憶は消費されるものとしての美術のスタイル、美術館の比喩にも思えたようだ。アーティストとして本格的にヨーロッパに拠点を移す前の数年間はモロッコに戻りカサブランカの広告代理店で仕事をしながら情報、イメージや言語が世界の中でどのように使われ消費されているかについてより考えるきっかけになる。日用品の中でも特にアンテナケーブルやVHS テープなど記録や伝達の媒体として使われていたもの廃品が作品素材として頻繁に登場するようになる。例えば2007年の「スカイライン」という作品では情報に満ち満ちた、しかもそれがこんがらがってしまっている都市のシルエットの素材はVHSテープだ。図書館に記録アーカイブからホームビデオまで、都市に溜め込まれている映像や音の喧騒を連想させる作品だ。私たちはいつビデオテープを使うのをやめたのだろう。私たちの気づかぬ間にアッという間に全てが時代遅れの中古の廃品になっているのではないかと作品は感じさせる。

Skyline / 2007 / VHS, tapes / Exhibition view from Fuck Architects: chapter III, FRAC Alsace, 2009, Sélestat ⒸCourtesy of the artist and Ceysson & Bénétière, Paris
Ghosting / 2009 / Exhibition view from The spectacle of the everyday, 10th Lyon Biennial ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg

テクノロジーを更新し続けなければならない強迫観念は今や都市や西洋固有のものではなく、世界中に広がった宗教のようなものだ。しかもそれは世界中同質なものではなく、地域による差異があり、それぞれの既存の思想や社会との衝突も生まれる。ファトゥミの「モダン・タイムス」(2009‐2010)はそれを表現したよい作品だ。工場労働者に扮したチャップリンが歯車が格闘しているシーンが有名な1936年の映画からタイトルを取っている。アラビア文字の歯車が回転する作品の映像は中東の都市かそれ巨大な機械システムを見ている印象を受けるが、そこに文字はあっても人の生命を感じさせず、工業化の中で人が機械の一部になってゆくチャップリンの笑い切れない喜劇に似た怖さを感じさせる。映像の前には丸鋸の歯のようなものにアラビア文字が彫られており、それを読めない私達にはそれがコーランの一節だと知ることはできないまでも、強く印象的な作品であり、さまざまな感想を見る側に余白として残す。このように作品自体の強さと見る者に想像の幅として残る詩的な余白を両立させるところがファトゥミの作品の特徴であろう。

Modern Times, History of the Machine / 2009-10 / Exhibition view of Told, Untold, Retold, Mathaf Arab Museum of Modern Art, 2011, Doha Ⓒcourtesy of the artist
Modern Times, History of the Machine / detail of the video Ⓒcourtesy of the artist

これまでベネチアやリオンビエンナーレをはじめ世界中で紹介されてきたアーティストであるがアジアではまだなじみが薄いかもしれない。日本では2006年に森美術館のアフリカリミックス展に出展されたのが初めてであるが2016年には瀬戸内国際芸術祭に粟島の旧小学校に作品を残しており、3年に一度公開されている。人口の減った島を舞台にヨーロッパでは切り離せない西洋/アラビアの対比軸と全く異なり、「移動」「喪失」「記憶」などをテーマに優れた作品を展開する力を見せてくれた。その視察の過程で彼がファインダー越しに世界を見ていたのは目の前の美しい光景に溺れることなく、客観的に世界を見る第三者たることに徹するプロフェッショナリズムによるものだと思い当たった。 近藤俊郎

Maximum Sensation / 2010 / 50 skateboards, prayer rugs / Exhibition view of Unfolding Tales, The Brooklyn Museum, 2011, New York ⒸCourtesy of the artist and Wilde Gallery, Geneva
Maximum Sensation / 2010 / detail ⒸCourtesy of the artist and Wilde Gallery, Geneva
Tools Holder 01 / 2019 ⒸCourtesy of the artist and Ceysson & Bénétière, Paris
Impossible Union / 2011 / arabic calligraphies of steel, hebrew typewriter ⒸCourtesy of the artist and Conrads Gallery, Düsseldorf
Oil, Oil, Oil, Oil Suspended / 2019 / Exhibition view from Le Grand Détournement, Ceysson & Bénétière, Paris ⒸCourtesy of the artist
The Paradox / 2013 / Exhibition view from They were blind, they only saw images, Yvon Lambert, 2014, Paris ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg
Coma Manifesto / 2017 / Exhibition view from Fragmented Memory, Goodman Gallery, 2017, Johannesburg ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg
The Paradox / 2013 / Exhibition view of Permanent Exiles, MAMCO, 2015, Geneva ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg
The Paradox / 2013 / Exhibition view of Permanent Exiles, MAMCO, 2015, Geneva ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg
In the absence of evidence to the contrary 05 / 2012 / Exhibition View from 180° Behind me, Göteborg Konsthall, 2018, Göteborg ⒸCourtesy of the artist and ADN Galeria, Barcelona
Propaganda 02 / 2012 / diptych, glycero on VHS ⒸCourtesy of the artist and Goodman Gallery, Johannesburg
Casabarata / 2018 / Echigo-Tsumari Triennale ⒸArtTank
inside Casabarata / 2018 / Echigo-Tsumari Triennale ⒸArtTank
Song of the Children Gone / 2016 / installation inside the school building / Setouchi Triennale 2016 Ⓒphoto: ArtTank
Song of the Children Gone / 2016 / found objects, glove and weight / installation inside the school building / Setouchi Triennale 2016 ⒸPhoto; ArtTank
Song of the Children Gone / 2016 / installation outside the school building / Setouchi Triennale 2016 Ⓒphoto by ArtTank
Song of the Children All Gone / 2016 / installation outside the school building / from above /Setouchi Triennale 2016 Ⓒphoto by ArtTank