エコ・ヌグロホ Eko Nugroho

1977年インドネシア、ジョグジャカルタ生まれ。インドネシアで最も影響力のあるアーティストのひとりであり、世界中の展覧会で活躍。主に絵画やドローイングを制作するが、立体、タペストリー、本、コミック、アニメーションなどその表現は多岐にわたる。

主な展覧会 Selected exhibitions

  • 2019 瀬戸内国際芸術祭 / 香川県 伊吹島、日本
  • 2017 Luther and the Avangarde – Contemporary Art in Wittenberg Berlin and Kassel/ ウィッテンベルク、ドイツ
  • 2017 奥能登国際芸術祭 / 石川県珠洲市、日本
  • 2014 光州ビエンナーレ: Burning Down the House /光州、韓国
  • 2013 ベニス・ビエンナーレ インドネシアパビリオン/ ベニス、イタリア
  • 2012 個展: Temoin Hybride, Musee d’Art Moderne Paris / フランス
  • 2009 リヨン・ビエンナーレ
  • 2006 アジア・パシフィック・トリエンナーレ /クイーンズランド州立美術館、ブリズベン、オーストラリア

作家について About the Artist

1977年生まれ、インドネシアのジョグジャカルタを基点に活動。するインドネシアで最も国際的にも知られたアーティストのひとり。ヌグロホがアーティストとして活動を始めた1990年代末のインドネシアは社会的に大きな転換期にあたり、1997年のアジア通貨危機を経て翌年に30年間の独裁政権への国民の不満が暴動に発展、スハルトは大統領を辞任する。国民の声が国を変えたことで社会も政治も一気に流動と解放の時代が訪れる。「レフォルマシ(Reformasi、改革)」世代と呼ばれるインドネシアの作家たちは突然可能になった表現の自由を享受しつつ、多様な作品を発表するようになる。いまインドネシアの現代アートシーンはアジアの中でも際立って熱いがそれは声を上げた90年代末の若者たちが育ち、成熟しながらおこしてきた大きな波が世界中に届き始めたということであろう。その真っただ中にヌグロホは居る。

Eko Nugroho Solo show “Threat as a Flavor" / 2012 / Arndt Gallery, Berlin, Germany courtesy of Studio Eko Nugroho, photo by Eko Nugroho

ヌグロホは社会的なメッセージやユーモア、遊び心にあふれるグラフィティのような絵画を中心に、彫刻、インスタレーションなども制作している。いわゆるストリートアート系のようにも見えるがヌグロホの場合は社会的なメッセージを言葉として作品に取り入れるための作風としてグラフィティ的な手法を選んでいるのであろう。それを示す一つの例としてヌグロホが2000年の初期の活動でジョグジャカルタの道にエンブレムなどを直接刺繍を施した例があげれる。ヌグロホの作品において常に直接社会とかかわることが重要であり、そのためにテキストは作品の重要な要素となっている。特にインドネシアのように近年になって自由な発言が突然認められるようになった国ではグラフィティの意味合いは我々が感じるよりも社会的な意味を帯びていると思われる。

exhibition, "ROOTS, Indonesian Contemporary Art" / 2015-16 / Frankfurter Kunstverein courtesy of Studio Eko Nugroho, photo by Eko Nugroho

ヌグロホの描く人物はすべてマスクやサリーで顔を覆われ、個々のアイデンティティーは失われている。マスクについて作家のインタビューを読んでいるとインドネシアのワヤン(インドネシアの伝統的芝居で影絵のワヤン・クリは最もよく知られている)など伝統文化からの影響があるという。実際、ヌグロホの作品は、伝統的なバティックや刺繍のスタイル伝統と現代的なポップカルチャーが混在しており、単純化された人物のシルエットや仮面など、現代のグラフィティというよりもインドネシア文化ルーツとのつながり強く感じさせる。一方で描かれた対象が着ているTシャツの政治的、社会的メッセージを合わせて考えると、ヌグロホの人物たちの匿名性はかつてのインドネシアの独裁時代の監視、密告社会という歴史との関係をも連想させる。かつて独裁政権下のインドネシアでは不用意な政治的な発言は死にもつながっていたのである。近年、香港のデモをニュースで見た際に群衆がマスクをしているのを見た際にも感じたのだが、匿名性と政治的メッセージはは重要な関係にあるのではないだろうか。

Eko Nugroho Solo Show “Plastic Democracy” / 2018 / Arndt Art Agency, Berlin, Germany ⒸCourtesy of A3 Arndt Art Agency,Berlin, Photo Bernd Borchardt

また、数年前に筆者がヌグロホと話をした際に日本など海外のアニメやテレビ番組に登場するヒーローも悪役もマスクをかぶっていると指摘されたこともあって、匿名性については別の分析も可能だとも思えるが、いづれにせよ、ヌグロホの作品の作品の特徴としてポピュラーカルチャーとの接点が重要であろう。実際にアジアの国々を旅行してみると、欧米、日本のポピュラーカルチャーが氾濫している。その現象自体はグローバリズムの一現象であるのだが、一方でローカルなものも含め、様々なものが入り混じることできちんと土着性をも獲得している。ヌグロホの生み出す作品にもそのようにして出来上がった異種混合による突然変異によって生まれたものを見ている面白さがある。

“BOUQUET OF LOVE”, / 2017 / installation project made from 300kg garbage, Potato Head Beach Club, Bali, Indonesia ⒸCourtesy of Potato Head Beach Club, photo by Tommaso Riva
“BOUQUET OF LOVE”, / 2017 / installation project made from 300kg garbage, Potato Head Beach Club, Bali, Indonesia Ⓒcourtesy of Studio Eko Nugroho, photo by Oki Permatasari

社会的な変革期の世代のアーティストとして社会問題もヌグロホの作品において常に大きなテーマとなっている。インドネシアでは人口の増大とインフラ整備の遅れからごみの投棄が大きな社会問題となっているが2017年、バリ島のポテトヘッド・ビーチクラブの外壁のための作品はこの問題をテーマとした作品である。高さ10メートル幅7メートルの作品は集められた古タイヤ、PCモニターを素材としていた。

Setouchi Triennale / 2019 / Ibuki Island, Kagawa Prefecture, Japan / courtesy of Studio Eko Nugroho / photo: ArtTank
Setouchi Triennale / 2019 / Ibuki Island / kagawa prefecture, Japan / courtesy of Eko Nugroho Studio / o photo: ArtTank

2019年の瀬戸内国際芸術祭において伊吹島で空家を使ってインスタレーションを発表した。ヌグロホがどのように既存の空家を使うのか非常に興味があったが、既存の部屋を仕切り直し、窓から見える外の風景をも作品の一部に取り込んでみたりと、単純に絵画や物を作るだけでない空間全体を使うことに非常に長けたアーティストであると感じた。それ以上に面白かったのはそこに展示されている大きな刺繍作品の成り立ちであった。インドネシアではマーケットの国際化と機械化の波で手作業の職人が仕事を失っているそうで、ヌグロホの刺繍の作品はこうした職人とのコラボレーションであり、ヌグロホが描いたキャンバスドローイング原画の上に直接、職人が刺繍を施したものである。こうした作品の背景は展覧会を見ているうえでは作品からなかなか気づかないことではあるが、ヌグロホはこうして失われていく伝統的な技法を現代美術にとりこむことを意識的に行い、単に文化的な趣味人のための娯楽ではないアートの社会的役割、アーティストであることが社会に対してできることは何なのか、アートの社会的なコミットメントを模索している。2000より若い作家や一般人も投稿可能なプラットフォームであるDaging Tumbuhという同人誌を主宰していることもその表れであろう。

Toshio Kondo

Blooming Plastic Flowers / 2017 / embroidered painting, 276 x 206 cm Ⓒcourtesy of Studio Eko Nugroho, Photo by Danang Sutasoma