栗林 隆 Takashi Kuribayashi

1968年、長崎県生まれ。東西統合から間もない1993年よりドイツに滞在した頃より「境界」をテーマにドローイング、インスタレーション、映像など多様なメディアを使いながら作品を発表。現在は日本とインドネシアを往復しながら国際的に活動し、さまざまな展覧会に招聘されているアーティスト。

主な展覧会 Selected exhibitions

  • 2020-21 下山芸術の森発電所美術館
  • 2019 瀬戸内国際芸術祭2019「伊吹の樹」、伊吹島、香川
  • 2019 EU Japan Project 2019, “Cielo capovolto” マテーラ、イタリア
  • 2018 パレ・ド・トーキョー Enfance/こども時代、フランス、パリ
  • 2016 18th DOMANI・明日展、国立新美術館 / 東京
  • 2015 Trees 2015、 シンガポール アート ミュージアム (SAM)、シンガポール
  • 2015 スペクトラム ーいまを見つめ未来を探す、スパイラル、東京
  • 2014 中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス、市原市、千葉
  • 2012 生きる場所 ボーダーレスの空へ Sky over My Head、熊本現代美術館、熊本
  • 2012 個展、Water >I< Wasser、十和田市現代美術館、青森
  • 2010 ネイチャー・センス展、森美術館、東京
  • 2009 水と土の芸術祭、新潟市美術館、新潟
  • 2006 Gardens、豊田市美術館、愛知
  • 2006 Singapore Biennale 2006 Tanglin Camp、シンガポール
  • 2003 Out of the Blue ,トーキョーワンダーサイト本郷、東京

作家自身の言葉 Statement by the Artist

これから実現したいプロジェクトは数多くあるのですが、まずは「タンカープロジェクト」をArtTankと一緒に始めることにしました。まだweb上の架空の船ですがいろいろなアーティストにも乗船してもらって活動をしてゆく場にしたいと思います。
タンカープロジェクトは私がアーティストとして妄想するアートの集大成でもあり、夢であり、そして一番深い場所にあるものです。そしてこれは必ず本物の船で実現できるはずで、世界の人たちが実際に体験し、喜び、感動し育てる、我々の地球を具現化した様なプロジェクトです。
我々が生きる地球は一つの大きな船みたいな存在。この船には、我々が起こしている様々な争いや破壊はなく、あくまでも自然との調和を目指した姿として存在しています。
タンカーは、エネルギーを運ぶ象徴でありパワーの存在でもあります。エネルギーとは目に見えるものだけではなく全てのものから発せられ、吸収され、そしてまた放出されるもの。本来、アートとはそういう存在で、人間だけではなく多くの生き物、そして地球にさえパワーを与えるものであり、それを作り出す可能性の一つが我々アーティストという生き方をする者たちであるはずです。
このプロジェクトは、そのようなエネルギーを発するアーティスト、全ての人々、そして生き物や自然、その全ての調和の象徴として存在し、プロジェクトを通して本来の地球のあり方や可能性を再認識できると考えています。そしてタンカーが世界中を回ることによって、喜びや幸せが循環し、多くの人々が共有することになります。
2020年9月1日 栗林 隆

作家について About the Artist

境界

栗林は長らく追っているテーマである「境界」と、自然や環境と人類の歴史的な関りについての作家の関心をベースとして、単に視覚的な鑑賞の対象というよりも観客に体験させる作品を手掛ける。作品形態の多様性は日本のアーティストではなかなか類を見ないスケールの振幅がある。 栗林の活動には常にある領域からより広い領域へ越境をしてゆく姿勢がみられる。それはひとつのカテゴリーから他のものを選択しなおすというよりも、発想を深化させることでまだ名前のついていない空白地帯を目指すような活動であろうと思う。美大に進むために生まれ育った島を出て、東京に来た栗林はたまたま出会った先生が日本画の人であったことから日本画学科に入学する。学生時代から日本画の画家になるというよりアーティストになろうと思っていたという。日本の大学を終え、デュッセルドルフ・クンストアカデミーに入学し、東西に分かれていたドイツで過ごしていたころから次第に「境界」が重要なテーマとなってゆく。境界といっても単純に2つのものを隔てる目に見える境界線ではない。その2つにある中間地帯であったり、それを行き来する行為であったり、国境など人為的に定められた線の意味や社会性についての問いであったり、2項対立の中の表出を見ているだけでは回収しきれない断層のズレを栗林はまたぎ、思考する。そして作品はそのズレを視覚化し、体験させるという大がかりなものであることが多い。

1997 / Universität Kassel Ⓒ Takashi Kuribayashi

自然と人間

ドイツ滞在中の1997年、ドクメンタ10と同時開催された展覧会の際に制作され、いまもカッセル大学の構内に残された屋外作品に既に栗林の境界への関心を見ることが出来る。ヨーゼフ・ボイスが1982年のドクメンタ7で7000本の樫の木を植えたことに触発され、栗林はコンクリートを家の形に固め、そこに4本の樫を植えた。樫は根を伸ばし、いつかコンクリートの家の形という定められた枠を破壊して成長してゆくのであろう。2011年の東関東大震災以降、福島に入り原発問題などについて調べるなど人と自然の関係や自然環境にも関心の高い作家であるが、2015年にシンガポール美術館で発表された「Trees」では再開発で伐採された樹木を使って自然の生と死、人との関係をインパクトのある作品で見事に表現した。ガラスケースに閉じ込められた木は都市の街路などで見かける自然は人工的に人の手がかかったものであること、それが人の都合で生と死を左右されることを示唆している。

Trees 2015 / Singapore Art Museum (SAM) at 8Q / 2015 Ⓒ Takashi Kuribayashi

境界と越境者

栗林の作家活動の大きな基点となったのは2003年のトーキョーワンダーサイトで行われたアウト・オブ・ザ・ブルー展であり、そのダイナミックな展示は大きな話題となった。栗林は空間を上下に隔て、そこを観客に垂直に移動させることで観客を実際に越境させる作品を作った。無造作に設えられた下のスペースにはペンギンが置かれ、その頭が天井に向かって伸びている。ペンギン以外に空間に置かれたのは脚立1つで、その上の天井に穴が開いており、観客はその穴から上を覗くように誘導される。観客が首を出すと上層には水をたたえた空間があった。一般的に私たちが目にする世界地図は一般的に陸と海を塗り分け、その陸の部分を人間が住むことのできる領域として表している。ペンギンやアザラシはその水と陸の境界を自由に行き来する越境者であり、栗林にとって象徴的な存在である。2008年に開館した十和田市現代美術館に恒久設置されている作品でも上下の空間を体験させる形をとっているが、ここではより明快に天井をのぞき込むとちょうど水面からから頭を出したアザラシが見る光景を観客も共有する仕掛けである。

Out of the Blue / 2003 ⒸTokyo Wondersite / photo: Ryoji Watabe
ザンプランド / 2008年 Ⓒ十和田市現代美術館

世界地図のルールを理解することは、陸地の成り立ち、そこに存在する国境やそこを分割する人類の歴史について、さらに広いテーマへと思考の発展へつながる。2010年に森美術館の「ネイチャー・センス」展に出品した「Inseln (island)」では高さ4mの山が作られた。下から見れば土の山のようにしか見えない作品である。階段を上ってゆくと山の上部に透明なアクリル板が水平に置かれ、その上に積みあがった土が世界地図の形をしていた。2012年の十和田現代美術館の個展にあった「Wolkenmeer (sea clouds) water >|<wasser」も同じシリーズの作品であるが、こちらは雲海の中の世界地図として表現されていた。時間とともに移り変わる雲の量によって、陸と海の確固たる境界線として私たちが捉える世界の形が刻々と変化してゆくのである。海によって囲まれた日本の形を例に取って考えると分かりやすいが、形の認識はアイデンティティーやイデオロギーと直接繋がってしまうことが多い。一方で栗林の作品を通してみると陸地が現在の形であるのは長い地球の歴史からすれば瞬間的な現象でしかないことを改めて気付かせてくれる。

Inseln (island) / 2010 / ネイチャー・センス展 / 森美術館 / photo: Osamu Watanabe
Wolkenmeer (sea clouds) water >||< WASSER 展 / 十和田市現代美術館 / photo: Kuniya Oyamada

越境する観客

栗林の作品において決定的に重要なのは作品が実際の境界をまたぐことを促し、観客が自らの興味から身体を動かすこと。そして作品は越境者たちに新たな思いがけない視点を準備していることだ。つまり、栗林の作品は単に見るための作品というだけでなく、観客の視点を誘導し、越境を体験させる装置といえる。2014年に「いちはらArtxMix」で廃校になった校長室を凍らせることで止まった時間を見せた「プリンシパル・オフィス」においてもマイナス35度の凍った部屋に観客を入れることで観客は日常から非日常へとラインを越え、作品の内側に取り込まれていた。鑑賞の対象から体験の対象へ。今日のアートではまだ観客と作品の境界線は「鑑賞」という言葉によってしっかりと引かれている。栗林の作品はきっぱりとそれを取り壊すことでアートと観客の新たな関係性を取り結ぼうとしている。

Principal Office / 2014 / いちはらArt x Mix ⒸTakashi Kuribayashi

栗林の作品は境界という線を引く。或いは人が日常的に感じていない境界を意識させ、そこから先は違う世界であると観客に伝える。子供の頃、あの線路、あの森の向こうには何があるのだろうとか、知らない場所に行ってみたいと思ったり、或いは知らない場所に対する恐れがあった。そうした本能的にあった向こう側への関心を私たちは生活のなかでいつの間にか捨て去り、定住型の安全な境界線の内側で満足することを覚えてしまった。かつてユーラシア大陸には国境はなく、西から東へそこを人々が行き来をしてきた。人類の大移動の歴史の中に眠っているノマドの精神はそれでも時折あたまを持ち上げてくるのかもしれない。 栗林の作品は境界をテーマにすることで境界の外にある、或いは境界と境界の隙間にあるどのカテゴリーにも属さない領域を問題にしていると言ってよいだろう。何よりも栗林の作品には多くの人々の心に響くインパクトと面白さがある。アートという狭く囲い込まれたカテゴリーを乗り越え、さらに私たちが日常の中で常識と思い込んでしまっている世界観を超えて新しい認識を開く優れた作品を多くの観客が待っていると思う。